CTやMRIによる撮影の体位が臥位で行われるのに対して、X線CR撮影は立位で行われます。骨部の相対的位置は、体位によって異なるため、荷重の掛かる関節部の状態は臥位と立位では一致しません。そのため、X線CR画像とCT画像をレジストレーションして、双方の有効な情報を利用する必要です。
本研究では、TKA(人工膝関節全置換術)の術前計画において、骨参照点を用いた高速なレジストレーション手法、人工関節の自動配置、骨参照点の抽出などを開発しています。また、従来の術前計画支援システムは、X線CR画像を中心とした2Dベースでした。そのため、我々は、より精密な検討が可能になる3Dベースの術前計画支援システムの研究開発を行っています。さらにCT画像から深層学習を用いた骨領域の自動抽出・分類や手術手技の保存・活用を試みています。
TKA(Total Knee Arthroplasty)とは
TKA(人工膝関節全置換術)とは膝関節のすべてを機械部品に置換える手術です。これは1980年代になって変形性膝関節症,慢性関節リウマチなどへの一般的な治療法となっています。その後,人工関節に用いられる新素材の開発や手術方法の改良によって,手術後のインプラントの耐久性も高まってきており,世界中で手術が行われるようになっています。
従来の術前計画
施術においては,術前計画が非常に重要です。しかし、従来の手法だと医師の経験と勘によるところが大きいのが現状でした。
一般的な従来の術前計画では,膝関節のX線写真(CR画像等)に鉛筆と定規で作図を行い,その情報を基にしてテンプレートと呼ばれる人工膝関節の部品のアウトラインを描いた透明のシートを重ねて位置決めを行っています。以下に示す値は,骨参照点がなす角度の正常な場合です。
項目 | 値 |
FTA(*) | 175° |
大腿骨軸・機能線(外反角) | 5° |
間隙・機能線 | 93° |
脛骨軸・間隙 | 87° |
3Dベースの術前計画支援
本システムは,下肢全長CR画像とCT画像(3次元画像)を用いて,正確な人工関節術前計画を立案可能です。本システムの大きな特徴は,立位における荷重状態の3D画像をコンピュータシミュレーション技術を用いて、生成する点です。CT画像は仰向けに寝た状態(臥位置)で取得するため、立った状態での人体の荷重が加わっていないため,軟骨の状況や骨の位置関係が立位の状態と異なっています。そのため,我々は,荷重状態のCT画像を利用することで,より精度の高い術前計画を可能にしています。
骨参照情報の自動抽出
TKAにおいては,立位における下肢全長CR画像(X線レントゲン画像)が重要です。以下は,下肢全長CR画像から、全自動で大腿骨と脛骨の骨軸と間隙を抽出するアルゴリズムです。
処理の手順
- DR圧縮画像の生成・ノイズ除去
- 間隙線を抽出
- 骨軸の検出範囲(間隙から上下10~15cm)を決定
- 検出範囲で両骨側線を回帰直線法で決定
- 決定された2つの回帰直線から等距離にある直線を求める
必要な下肢解析画像部の切出
画像処理の効率化と処理精度確保のために,i軸とj軸方向の輝度分布特性を利用して,生体組織の画像領域だけを含む最小領域の画像切出を行います。
膝間隙ラインの抽出
切り出された透視画像を吸収画像に輝度変換します。ここで求める膝関節ラインは,間隙の平均的なj軸座標とします。この間隙平均j軸座標は画像からj軸方向の1次差分の分布を求め,その分布のピークをとるj軸座標の平均座標としました。ライン抽出を確実にするために,画像にj軸方向に空間バイパスフィルタを予め導入しています。
島解析による骨境界線の抽出
前処理としては,画像にダイナミックレンジ圧縮し,輝度変動量を取り出し,さらにボケ画像から膨張係数を求め,輝度変動量をさらに増幅させています。これによって,得られた画像は骨軸解析範囲の骨部において,骨髄腔で谷となり,その両側の緻密骨でピークをもつ骨組織を反映した輝度分布となります。
島解析は前処理で得られた輝度分布から,骨部の境界情報をもつ緻密骨のピークを効果的に確実に抽出するために,島解析を各j軸座標ごとにi軸方向に導入しています。この解析は,i軸方向の輝度分布に対して,適当な輝度レベルを設定し,これ以上の輝度を持つ分布の塊を島と見なし,島の高さと位置によって,上記のピークをもつ島を検出する方法です。適切な輝度レベルを設定すれば,求める2つのピークの島は,最も高い輝度の島で,その位置は予想される位置となります。正しい島の選択には,次の2つの情報を必要とします。第1は大腿骨と脛骨の区別がありますが,これは膝間隙のj軸座標で可能となります。第2は脛骨では近傍にある腓骨も高い輝度の島となるために,右肢か左肢かの情報をもとに,脛骨の島のみを選択するように工夫をしています。
骨の境界線検出では,島解析により骨部の2つの緻密骨の位置が得られました。この情報から骨の境界線を正確に求めるために,メキシカンハットフィルタによるエッジ処理を行い,島の輝度値ピーク(緻密骨の中心に対応)位置から骨部の外側の方向にゼロエッジ分布の点を求めます。各j軸座標に対して,その点が求める境界点となり,骨の境界線が得られます。
骨境界線からの骨軸抽出
膝間隙ラインと骨境界線を利用して骨軸を求めます。骨軸を成す骨部は一般的に皮質骨をなる部分の間隙から10~15cmの区間です。この区間における骨境界線からの中点群を求め,点群の回帰直線近似し,その直線を骨軸とします。大腿骨および脛骨に同様の処理を行うことで骨軸を抽出します。
骨参照情報を利用したレジストレーション
次に,骨参照情報を利用した立位撮影によるCR画像(2D)と,臥位撮影によるCT画像(3D)のレジストレーションについて述べます.骨参照情報は3章の方法で抽出できる骨軸および間隙線を利用します。
CR画像は下肢全長を撮影したものとし,解像度2150pixel*1720pixel,Pixel Spacingは,0.5 mm/pixelです。CT画像も同様に下肢全長を撮影したものとし,解像度512pixel*512pixel,スライス間間隔0.63mm,Pixel Spacingは,0.43mm/pixelです。
撮影条件としては,CR画像およびCT画像は人体正面からのものとします。
CR画像からの骨参照情報抽出
CR画像は下肢全長画像を用い,さきほど利用した手法によって,自動処理により骨参照情報である大腿骨および脛骨の骨軸と間隙線が得られます。
CT画像からの骨参照情報抽出
CT画像は,ボリューム画像であるが,次の方法で前述の自動抽出手法を利用可能です。
まず,CT画像から擬似CR画像を正面と側面において生成します。CT画像は、X線CR画像と同様にX線を利用することから骨部がより高輝度となります。よって,CT画像に対して、ある視点から積分することで,実質的にはX線CR画像と非常に類似した画像が得られます。
疑似CR画像およびCTボリュームの大腿骨・脛骨の分割
CT撮影においては臥位で行われるため,CR画像における大腿骨および脛骨の相対的位置は異なります。3次元TKA術前計画では立位における荷重状態での情報が必要なため,臥位の相対的位置は必要としません。よって,立位のCR画像にレジストレーションするために,これまでに得られた擬似CR画像の間隙線を利用して、大腿骨と脛骨をスライス単位に分割します。間隙線の位置は,正面と側面の擬似CR画像とは異なるため、その平均位置を共通間隙線とします。また,擬似CR画像における間隙線については共通間隙線として再定義します。
分割したCTボリュームからセグメンテーションによる骨部モデルを生成し、レジストレーション後にCR画像と重ね合わせることで3次元術前計画を可能にします。
実験結果
3症例について行ったレジストレーションの計算時間を以下に示します。探索回数は全探索50回のうち、評価関数により最も相関性が高いとされたものです。探索回数は25~31回で収まっていますが、これは初期位置である25回目からやや遠位方向にレジストレーションされていることを示します。
被験者 データ |
部位 | 探索回数(回) | 計算時間(秒) |
No.1 | 大腿骨 | 28 | 1.46 |
No.2 | 大腿骨 | 30 | 1.52 |
No.3 | 大腿骨 | 26 | 1.39 |
No.1 | 脛骨 | 25 | 1.44 |
No.2 | 脛骨 | 31 | 1.64 |
No.3 | 脛骨 | 27 | 1.59 |
また、擬似CR画像の大腿骨部および脛骨部におけるそれぞれの回転角度θは主に荷重による影響であると考えられます。
計算時間においては,探索回数を減らすことができたことから、一般的なレジストレーションと比べると高速に実行出来ました。
荷重が原因と思われる大腿骨と脛骨の相対的位置の差を3次元画像に生かすことが出来ました。